2005年08月23日

相模原伊勢丹ってどうなの?

「ね〜ぇ〜・・・おいらさん! 百貨店でお洋服の新作がみたいのぉ〜・・・。」
な〜んてカワイコちゃんに背中辺りをツンツンされて最初に思い浮かぶ所といえば、
やっぱり伊勢丹だろう。
なにしろ伊勢丹という名前を聞くだけで、首都圏在住の大抵の女の子は目を潤ませる程、
ファッション百貨店としての伊勢丹のネームバリューは高い。
全国的に見れば高島屋あたりのステイタス性が高いのだろうが、首都圏におけるイメージの
高さは伊勢丹がダントツではないだろうか?
もともと百貨店と深い関係のある業界で、長年働いていたおいらが言うのだから
間違いない・・・。

isetan3web.jpg

そんな伊勢丹が展開するのは全国11店舗
 1)伊勢丹新宿本店(東京都新宿区)
 2)立川店(東京都立川市)
 3)吉祥寺店(東京都武蔵野市)
 4)松戸店(千葉県松戸市)
 5)浦和店(埼玉県さいたま市)
 6)相模原店(神奈川県相模原市)
 7)府中店(東京都府中市)
 8)静岡店(静岡県静岡市)
 9)新潟店(新潟県新潟市)
10)京都店(京都府京都市)
11)小倉店(福岡県北九州市)

こうして見てみると圧倒的に首都圏が多く、残りの広いエリアではわずかに
4店舗しかない。
その4店舗のうち2店舗(京都店小倉店)に関しては、まだオープンして
それほど経っておらず、地域に定着している印象は少ないだろう・・・。
伊勢丹は本当に首都圏集中型百貨店で、これほどのファッショナブルイメージを
作り上げたのはひとえに新宿本店の力なのだろう。

isetan4web.jpg

ここ相模大野にも伊勢丹がある。
それが伊勢丹相模原店だ。
有力百貨店が選んだ地区なのだから、当然商圏として魅力的な場所であることは
間違いないとは思うのだが、相模原店は果たして伊勢丹の予測どおりに推移して
いるのだろうか?

相模原伊勢丹の売り上げってどうなんだろう?

isetan5web.jpg

先日、日経流通新聞2004年度の百貨店調査結果が発表された。
百貨店組合に所属している全国241店舗の店舗別売り上げランキングで、
伊勢丹相模原店の結果はと言うと・・・。

ジャジャ〜ン!!!

2004年度 店舗別売り上げランキング
70位
総売り上げ金額は319億4800万〜。

ちなみに伊勢丹新宿本店は全国位で売り上げは2460億100万だ。

伊勢丹グループの中では新宿本店、京都店、浦和店、立川店、新潟店、相模原店、
松戸店、府中店、静岡店、吉祥寺店、小倉店
という売り上げ順になっており、
丁度真ん中の位に位置している・・・。

各地区の百貨店の売り上げは、商圏規模を最も端的に表すもので、その店の
売り上げの変動が今後の地域の行方を占う部分も多いのだろう。

どうなんだろ?この結果って・・・。
まあ、隣接する大規模商圏の町田地区との絡みもあるので、孤立状態で
戦わなくてはいけない単独百貨店としては、まあまあ検討しているんじゃないの?
(ある程度商圏が成り立つためには、複数の店舗が集中していなくてはならない。
一店舗のためでは普通なかなか人は集まって来てはくれないものだ。)

ほどほどの売り上げ規模をキープしているが、もう少し順位は
上げられるような気もするだが・・・。
頑張れ〜!伊勢丹相模原!!

isetan1web.jpg

参考までに百貨店の売り上げ上位20店舗を挙げておく。

 1)三越日本橋本店(東京都中央区)
 2)伊勢丹新宿本店(東京都新宿区)
 3)阪急梅田本店(大阪府大阪市)
 4)西武百貨店池袋本店(東京都豊島区)
 5)高島屋横浜店(神奈川県横浜市)
 6)高島屋大阪店(大阪府大阪市)
 7)高島屋日本橋店(東京都中央区)
 8)近鉄百貨店阿倍野本店(大阪府阿倍野区)
 9)松坂屋名古屋店(愛知県名古屋市)
10)東急百貨店本店(東京都渋谷区)
11)東武百貨店本店(東京都豊島区)
12)小田急百貨店本店(東京都新宿区)
13)阪神百貨店本店(大阪府大阪市)
14)そごう横浜店(神奈川県横浜市)
15)高島屋京都店(京都府京都市)
16)京王百貨店本店(東京都新宿区)
17)大丸神戸店(兵庫県神戸市)
18)大丸心斎橋店(大阪府大阪市)
19)岩田屋本店(福岡県福岡市)
20)高島屋名古屋店(愛知県名古屋市)


やっぱり大都市集中なんだよね〜売り上げ・・・・。
まあ当たり前か。

おいらはこのところさっぱり百貨店で買い物しなくなって来てる。
まあ、若いときよりファッションに気を使わなくなってきたことや、必要なものは
ネットで買い物をするようになって来ているせいでもあるのだが・・・。

ただ全体的に今の百貨店ってワクワク感に欠けるような気がしてる。
今の百貨店でパワーを感じられるのは、地下の食品売り場ぐらいだろうか?

今度、伊勢丹相模原店をじっくりウォッチしてみようかな!





posted by おいら(妄想の貴公子) at 21:28| ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | お店紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月14日

消えていく昭和

報徳二宮神社を後にして、もう少し昭和の名残を探して見ることにした。
意外なほど相模大野駅に近い場所で見つけたのが、このアパートの廃墟。
ツタがものすごい勢いで絡まっている。
かつては生活があった部屋も固く雨戸を閉じたまま、ツタが絡まるに任せている。
これもまた昭和の建物であることは間違いない。

haikyo0000.jpg

アパートの前にカブが止まっていた。
ホンダのカブ・・・。
昭和時代につくられて今も生き残る傑作バイクだ。
バイクに興味が無い人もこのバイクを知らない人はいないだろう。
期せずして、消えていく昭和の建物と、今も第一線を走り続ける
昭和の傑作バイクの対比写真を撮る事ができた・・・・。

haikyo0001.jpg

こういうコンクリート塀も平成になってから見ることがなくなった。
昭和時代の風景を思い起こすのに、もしかしたら重要なアイテムなのかもしれない。

hei0001.jpg 

どのくらい前からだろうか?
廃墟の写真が静かなブームになっている。
廃墟となってしまった建物や、朽ち果てていく乗り物なんかを写した写真が
人気を呼んでいる。
写真の被写体として選ばれている建物の多くは昭和時代に建てられ、
活気溢れる昭和の人々の生活を支えてきた建物たちだ・・・・。
その建物たちが今やその役割を終え、誰にも省みられることも無く
静かに朽ちていくさまに、ある種の美学を感じている人々が意外なほど
多いことを知っているだろうか?

この相模大野近辺にも消えていこうとしている昭和の建物たちを
見つけることができる・・・。

相模大野駅から少し足を伸ばして文京という地区をブラブラしてみた。
文京地区は相模女子大の周辺の地域だ。
廃墟になった団地を見つけた。

haikyo0004.jpg

ここはどうやら大きな企業の社宅として建てられた団地だったようだ。
まだ使われなくなってからそれほど時間は経っていないはずだ。
まだ、人々の生活の名残が、あちことに残っている。

haikyo0003.jpg

夏の青空の下、本来なら子供達や、その母親達の行きかっていた生活道路には
人影は無い。
不思議な感覚を覚える。
もしかしたら、自分はここで生活していた事があるのじゃないか?
昭和の建物は何故か懐かしい。
初めて訪れたのに初めて見た感じがしない。
大量生産大量消費で同じような建物が多く作られたのだから、当たり前だよって
思うかも知れない。
確かにそれもあるだろう。
でも決してそれだけではない不思議な感覚。
この場所に子供時代のかつての自分を見つけられる気がするのだ・・・。

haikyo0005.jpg

夏の日に見つけた、この人影の無い団地は近いうちに再開発され、
全てが跡形も無く取り壊されるだろう・・・。
かつてここにあった昭和の暮らしを、再開発後の建物からは想像することは
できなくなることだろう・・・。
こうして、世代は交代していく。

ちょっぴり寂しい感はあるが・・・。







posted by おいら(妄想の貴公子) at 13:04| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 街の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

久しぶりに見つけた金次郎!!

商店街を抜けてちょっと歩くと、意外に静かな住宅地が広がっていた。
そばには大きめな幹線道路が走っていて、ひっきりなしに車が通っているのだが、
人影もまばらな真昼の住宅街は、どことなく非現実的空間だ・・・。
時折蝉の声が聞こえて来るその方向へ足をすすめた。

しばらく歩くと、突然蝉の声が大きくなって、目の前に周辺の住宅街とは
趣の異なるこげ茶色の木造建築物が現れた。
ちょっと気になったので近づいてみる。
どうやら神社のようだ。

jinja01web.jpg

周りの建物とは異なり、圧倒的に存在感のある建物だ。
神社の境内に足を踏み入れてみる。
もう少し木が生えていれば雰囲気があるのに、それがちょっと残念だ。


なんとここで二宮金次郎の像を発見した。
「え〜?二宮金次郎って小学校くらいにしかないんじゃないの?何でここに?」
違和感を感じて神社を見回す。
どうやらこの神社は”報徳二宮神社”というらしい。
「報徳?二宮?戦時中の昭和か?ここは・・・。」
驚いた!この神社のご本尊は二宮金次郎なのだ。

sontoku01web.jpg

久しぶりに見た二宮金次郎の像。
二宮金次郎なんてもしかしたら最近の人は知らないんじゃないだろうか?
映画学校の怪談の中で学校にまつわる七不思議の一つとして、夜校庭を歩き回る
銅像として登場したこともあったような気がする・・・。
まあ折角なんでこの二宮金次郎がどんな人物なのか、軽く述べてみたい。

二宮金次郎(尊徳)は江戸時代の末期に現在の神奈川県小田原市の農民の子として
生まれ、非常に貧しい少年時代を過ごした。
勉強する暇があったら働けと言われ、朝から晩まで真面目に働いていたが、
学びたいという気持ちが強い金次郎は、仕事をしながら熱心に本を読んでいた。
その姿が薪を背負って本を読む銅像の姿となったのである。
金次郎はその後も努力を続け、その後農民から武士になり、明治時代には
農地改革の主導者としてみなの尊敬を集めるようになった。

そんな金次郎の勤勉さが、やがて明治政府によって日本国民のあるべき手本として
神格化され、学校教育の一環としても利用されていった。
その後大正時代には一旦廃れたものの、昭和に入り日本の軍事化がすすむとともに
帝国日本の愛国心向上のシンボルとして、全国に銅像がつくられたようだ。
このため、敗戦後は日本帝国主義の忌まわしきシンボルとして、銅像の破壊が行われ、
結果、今では一部の小学校にしかその姿を見つけることができない。

ながながと説明したが、どうやら金次郎はお飾りとして軍に利用されたがために、
本来の評価とは別の印象を戦争体験者世代に与えてしまっているようだ。
一抹の寂しさを感じてしまった。

ema.jpg

さすがに神社だけあって、絵馬をたくさん見つけた。
さらっと祈願の内容を見てみたが(ごめんなさい)、内容は受験合格が多いようだ。
やっぱり金次郎は頭が良いとか勤勉とかのイメージがあるために、願い事も
学問関係が多いのだろうか?

jinja03web.jpg

神社の入り口でにらみを利かす狛犬。
後ろにあるアパートは昭和の建物だろう。(もちろん戦後の)
かなり年季が入っているアパートと狛犬の対比が気に入ってパチリ!

ここ相模大野には、昭和時代の名残を思わせるような建物がまだまだありそうだ。
相模原市自体がもともと軍関係の施設が多かったようで、ここ相模大野にも
そういった初期の昭和時代初期の建築物が少し残っているらしい。
それに戦後の高度経済成長を支えてきた昭和の中後期の名残も見つける事が
できそうだ。

昭和の名残を探して、またブラッと歩いてみようと思う。

posted by おいら(妄想の貴公子) at 13:50| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 街の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。