相模女子大の同窓会 翠葉会から、同窓生が綴る母校の歴史「軌跡」が
発刊されることとなった。
制作の過程でちょっとだけお手伝いさせていただいたおいらは、
一足早く「軌跡」を入手することができた(^^)
内容は一言で言うと、戦争前後の20年ほどの間に相模女子大(旧 帝国女子専門学校)に
在籍したOGの方に当時を振り返ってもらい、それを文集にしたものだ。
今回はその「軌跡」を紹介したいと思う。

相模大野でブログのネタを拾いながらぶらつきはじめたのが
2005年の7月20日だから、もう2年半がたとうとしている。
相模大野について記事を書いていると、何かの節目には相模女子大の
話題が出てくるような印象がある。
それほど相模女子大は大野にとって欠かせない存在なのだろう。
というより、ある意味 相模大野は相模女子大の門前町(←神社仏閣じゃないけど)
としての存在だったりして(笑)
でも、そうは言うけど当初 相模女子大のことはそれほど意識したこともなく
ただの一女子大としての認識しかなかった。
自然あふれる広いキャンパスがあって、通学時には可愛い女子大生さんが
たくさん歩いていて、華やかでいいなぁ〜程度のもの。
(本音:できればお近づきになりたいけ〜どね〜!ポカッ! (._+ )☆ヾ( ̄ヘ ̄; ) )
ところが縁あって、「軌跡」の制作のお手伝いをさせていただく機会があり、
相模女子大が歩んだ歴史や、卒業生の方たちから送られてきた当時の想い出を
語った手紙や、多少色褪せてしまってはいるが懐かしい写真の数々を
目にしてからというもの、相模女子大はおいらの中でイメージアップしまくりなのだ!
例えて言うなら、地味で目立たない同級生の女の子が、めがねを外したら
実はすごく綺麗だった!・・・みたいなw(*゜o゜*)w
(↑え〜!非常に軽薄で不適切な例えで申し訳ございません<m(__)m>)

今回おいらがお手伝いした部分は、OGから貸し出された学園生活の想い出の写真を
スキャニングしてデーター化することだったのだが、このセピアに変色しつつある
モノクロームの写真たちがどれもみな素晴らしくて、思わず見入ってしまった。
当時撮影された写真は、写真職人が撮影したのであろう、技巧的にもかっちりと
撮られた見事なもので、奥行きが深く1枚1枚の発する重みが全然違う感じで、
個人的に学べる部分が非常に多かったのだ・・・。
(残念ながら、おいらでは絶対撮れないようなものだと再認識させられた:泣)
この写真もいいなぁ〜!これもはずせないなぁ〜!
などと必要以上に見入っていたので、当初予定していた作業時間が大幅に遅れてしまい
急いで下さいと泣きつかれる一幕も・・・その節は大変失礼しました〜(^^;;
また想い出の写真と一緒に同封されていたOGからの学園生活の想い出をしたためた
手紙の内容はすばらしく、達筆で格調高いのだが非常に読みやすい文章は
OGの方々の教養の高さをうかがわせるものがあった。
改めて文集になった状態で読んでみたのだが、戦前、戦中、戦後の大きな激動の
時代を学園で過ごしたOGたちそれぞれの想い出は、一つの学校の卒業生で
ありながら、こうも異なるものなのだなぁとびっくりしてしまった。
特に東京 大塚にあった相模女子大の前身である帝国女子専門学校キャンパスが
昭和20年4月に空襲により被災し、学園を形成していた帝国女子専門学校、
日本高等女学校、静修女子商業学校の全校舎と7つの寮を焼失してから、
拓殖大学をはじめとする様々な学校に間借りする形で転々としながら教育を続け、
現在の相模大野の地に落ち着くまでの苦労を書いた想い出には深い感銘を受けた。
またそんな大変な状況の下、戦後 相模大野に移転してから、食料の調達に苦労しながらも
ほがらかに暮らしていた様子や、ステキな女性教師に対する憧れや
ダンスパーティーなどに心ときめかしたエピソードなどを読むとほほえましく、
年上の女性に対して大変失礼だが、か〜わいい〜っ!て思ったり・・・(*^。^*)

卒業アルバムをイメージ写真風に撮ってみたところ、
上のように使ってもらっていた。
この他にも表紙に今年の春に撮影した百年桜の写真を
採用してもらったり、現在の相模女子大のキャンパスの
様子を写したものも使われていて嬉しいサプライズ!!
(このブログにアップした写真も使われていた(^^;;)
でも当時撮影されたモノクロ写真の素晴らしいのを
見ちゃうと・・・まだまだだねぇ
(↑テニスの王子様 越前りょうま風に)
おいらも生き方からシャンとせねば・・・
修行が足りないって感じだな @(;・ェ・)@/反省…
いつか、読んで、見て、背筋がピンと伸びるような、
そんな文章を書いたり、写真を撮ったり
できるようになりたいなぁ・・・。
・・・と、ここまで長々と書いてきたが、さすがに内容が濃すぎて十分に書ききれないので
このへんで止めておくが、昔の相模大野の雰囲気を知ることができる資料としても
非常に貴重な文集だと感じた。

この「軌跡」本当に内容が素晴らしいので、
相模女子大のOGの方だけでなく、相模大野に住んでいる人たちや、
戦前から戦後にかけての資料を必要とする方に広く開放していただきたいなぁ〜と思う。
相模女子大同窓会 翠葉会の関係各位のみなさんには一般への販売も
是非是非 検討していただきたいです!
よろしくお願いしま〜す!
「軌跡」についてのお問い合わせ
相模女子大学同窓会(翠葉会)事務局
042−742−1737
お礼
うさぎ びいき〜2羽のうさぎ TORINOとTANTO〜
これもひとえに、お忙しい中足を運んでいただいた方々と、
narucocafeさん、そして可愛いTORINOとTANTOのお陰です!
(↑でたっ!!ただの親ばか┐(-。ー;)┌ヤレヤレ)
また記事で取り上げていただいたタウンニュースさまや
町田経済新聞社さま、ブログ等で紹介していただいた皆様にも
深くお礼申し上げます。
今週12月14日(金)までとなりますので、お時間がある方は
是非いらしてくださいね!
naruco cafe
相模大野5-27-12 東屋ビル2F
phone/fax:042-745-0037
Open:11:00〜21:00
Close:火曜日
HP:http://www.narucocafe.com/
<お願い>
カフェなのでお一人様1オーダーをお願いします。





サガ女すごいんですね。
うさぎびいき 密かに行ってきました^^
写真もイラストもカードも可愛かったです。
ウサギ好きの方も来て頂いて、お話ができたので
とても楽しかったです〜(^_^)
軌跡は読み応えありますよ〜。
かなり年上の方々の経験された内容なのですが
今読んでも”あまり変わっていないな”と
思う部分もあれば、環境的に想像できないような
凄い経験の部分もあって面白かったです!
舞さん どうも!
これを読んだらサガ女の知らない一面が見えて
面白いと思いますよ〜。
うさぎびいき〜来ていただいたのですね!
ありがとうございます<(_ _)>
ちょっとウサギが身近に感じてもらえれば
嬉しいですね〜!
展示会行けなくて残念です。
いえいえっ!!(・Θ・;)アセアセ…
実家で撮ったのは椅子のだけで、あとは違います。
最後の廊下のは古い生糸工場の建物が一般公開
されているところで撮りました〜。
こんなところに住んでたら凄いです。
大地主でしょうね〜(笑)
どんどさん どうも!
卒業した母校でなくてもすごいなぁと思ったんで
自分の母校ならもっと感動するんでしょうね〜!
おいらも母校でこういう文集が出たら買います(笑)
>展示会行けなくて残念です。
いや〜自分のウサギに対する親ばかでやったので
今回このような展示ができたんですが、普通に
自分の撮った写真やイラストを発表することは
正直恥ずかしいので、今後は控えたいです(笑)
女子大の歴史と聞くと何故か宝塚の世界が目に浮かびませんか?
自分は何故か浮かぶのです^/^
年末は忙しいですからねぇ。
実は開催中に自分自身仕事が入って、あまり会場に
いけなかったんですよ〜(笑)
そうですね!男からすると宝塚のイメージは
あるかもしれませんね(^_^)
結局仕事どっぷりで行けませんでした(汗汗)
TORINOくんとTANTOくんのどちらか
わからないですけど、鼻の下から口のラインが
すごく可愛いです。ムクムクしたところとか。
いえいえ年末は忙しいし、遠いので気になさらないで
くださいね(^_^)
大体自分自身も2日間くらいしかいなかったし(^^;;
写真はTANTOです!
うさぎは口のあたりが可愛いですよね。
サガジョの最初の思い出は、中学校の時の教育実習の先生が、サガジョ在学で、『オレンジのソフトクリームが美味しい』と連れて行ってもらったことです。
もう、ン10年前ですが。
そうなんです。完成しましたよ〜!
是非機会があったら見てください。
その教育実習の先生は今何をしてらっしゃるんでしょうね〜?
ふいに思い出して、気になることありますよね(^_^)
そうですか。
ご友人のお母様が「軌跡」に投稿されていたんですね。
発刊が12月中旬でしたので、亡くなる前に
見ていただけていれば良いのですが。
ご冥福をお祈りいたします。
内容は素晴らしいと思いますので、是非機会があれば
読んでみてくださいね。